教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
 だが、それならなおのこと甘えるわけにはいかない。

「お気遣いいただいて、どうもありがとうございます。ですが、やはりこのまま出勤させていただきます。突然休むわけにはまいりませんから」

 私は背筋を伸ばして、林太郎さんを見つめた。

「おかげさまで本日もたくさんご予約いただいておりますし、お客様にご迷惑をおかけするわけにはまいりません」
「しかし亜美、さん」

 林太郎さんは驚いたように目を見開いた。

「ご心配いただかなくても、私は……大丈夫ですから」

 何か言いたげな視線をしっかり受け止め、大きく頷いてみせる。
 すると林太郎さんはうろたえたように俯いて、「わかった」と答えた。

「悪かった……いきなり邪魔をして。出勤の途中なのに」
「い、いえ」
「じゃあ、俺はこれで」
「失礼いたします」

 今度は視線を合わさずに背を向けた。取り乱して走り出したりしないよう、必死に自分をコントロールし、ゆっくり歩を進める。

(林太郎さん)

 改めて彼の目を見るのが怖かったし、本当は全然大丈夫じゃなかった。

(林太郎さん!)

 何かが胸の奥からせり上がってくるようで、うまく息をすることができない。
 どうしようもなく苦しかった。

 私は今でも彼が好きだ。この世の宝物のすべてと引き替えにしてもいいくらい、林太郎さんが大好きだ。

 でも、だからこそ彼に近づいてはいけない、邪魔をしてはいけない――改めて、そう思い知ったのだ。
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