教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
「こんにちはぁ」
「ようこそ。いらっしゃいま――」

 入ってきたお客様を見た瞬間、全身から血の気が引いた。

「やあ、桐島さん」
「あ……」
「久しぶりだね。覚えてる、僕のこと?」

 あれから何年もたって、髪型や雰囲気は少し変わっていた。それでもすぐにわかった。
 大柄で整った顔立ち。自信ありげな笑顔は以前のままだったから。

 田島先輩――あの夏の早朝、私を待ち伏せしていた人だ。

 なんとか折り合いをつけてきた恐怖と混乱が生々しくよみがえり、膝から力が抜けそうになる。
 それでも私は即座に笑みを浮かべてみせた。

「ご無沙汰しております、田島せん、いえ、田島様」

 声が震えないようおなかに力を入れて、必死に相手と視線を合わせる。

「本当にお久しぶりです。本日はようこそ当『エクセレント・ラウンジ』へ」
「へえ、もうすっかりプロだなあ。堂々としてるし……とてもきれいになって、見違えたよ」

 田島先輩は私たちの間に起きたことなどすっかり忘れてしまったみたいに、「今日はよろしく」とにこやかに頭を下げた。

「聞いてるよ。田島さん、すごく評判いいんだってね」
「恐れ入ります」

 外商からの紹介で、予約も社員名だったので、まさか彼がやってくるなんて思いもしなかった。もし田島先輩が来るとわかっていたら――。

(あっ!)

 今朝のできごとを思い出したのは、その時だ。

 ――頼む、亜美さん! 今日は仕事を休んでくれないか」

 突然現れた林太郎さんの言葉。
 まさか彼はこうなるとわかっていたのだろうか? だとすれば、私と先輩の間にあったことも知っているということだ。
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