教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
 私は田島先輩をサロンの中央にあるソファに案内して、ビバレッジのメニューを手渡した。

「田島様、お飲ものはいかがですか?」
「あ、じゃあ、アイスコーヒーもらえる?」
「かしこまりました」

 いつもなら、この時点でお客様の様子をさりげなく観察する。服装や態度から、その日の接客プランをある程度組み立てるのだ。
 しかし気持ちが波立って、今日ばかりは無理だった。

 しかたがないので、よけいなことを考えずにサロン併設のキッチンに向かう。機械的におしぼりや焼き菓子がのった皿、氷をたっぷり入れたアイスコーヒーを用意したが、そこまでしてもまだ十分もたっていなかった。

 田島先輩の予約は一時間半。
 遅番のスタッフはまだ来ないし、打ち合わせに出ているひとりもしばらく戻ってこないだろう。
 つまり私はここで、あと一時間以上、彼と二人きりで過ごすのだ。

(大丈夫……絶対、大丈夫)

 私は深呼吸しながら自分に言い聞かせ、グラスをのせたトレイを持った。

 プライベートサロンとはいえ、ここは百貨店の中だ。さらに田島先輩は外商からの紹介だから、それなりに信用もあるはずだった。

 過去にあんなことがあったとはいえ、まさかこの場でまた不埒な真似をするとは思えない。今はお互いにちゃんとした社会人なのだから。

 私は混乱と不安を無理やりなだめすかし、笑顔を作って、田島先輩の前に戻った。

「たいへんお待たせいたしました」
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