婚約者に裏切られたその日、出逢った人は。
自分は、ものすごく若いわけではないけれど、やり直しができないほどに年を取ってもいない。
これから人生の挽回は不可能じゃないはずだ。
そう考えると、急にやる気が湧いてきた。感じた絶望が完全に消えた、とは言わないにせよ、だいぶ薄れたような気がする。そう思えるのは、隣に今いてくれるこの人のおかげかもしれない。
「……よし、頑張ろう」
小さく呟いて、足を無意識に踏みしめる。その拍子に、かかとに鋭い痛みが走った。
「つっ」
「え?」
思わずもらした呻きを、聞き取られてしまった。聡志が顔をのぞき込んでくる。
「痛いって、足が? なんで言わなかったんだ」
そう言うが早いか、またもや聡志は、朝海をお姫様抱っこした。途端にまた、周囲から視線とざわめき、そして黄色い声が集まる。
聡志はこんな行動に慣れっこなのかもしれないが、こちらはまったく慣れていない。朝海は抗議の声を上げた。
「ちょ、降ろしてください、自分で歩きますからっ」
「暴れるな、落とされたくなかったら」
「え、ひゃっ」
抱きかかえられたまま手の力を抜かれそうになり、反射的な恐怖で朝海は聡志の首にしがみついた。直後、黄色い声がさらに甲高くなる。
恥ずかしさに顔がこれ以上ないほど熱くなるが、どうすることもできない。結局、聡志に抱き上げられたまま寺の敷地を出て、土産物屋の通りを抜け、ハイヤーが止まっている駐車場まで移動した。
後部座席に朝海を座らせると、聡志は反対側の扉から乗り込んでくる。
「絆創膏あるかな」
運転手に尋ね、受け取った箱を手に、聡志はこちらに向き直る。
「どっちの足」
「……両方」
「靴、脱いで」
言われるままにヒールを脱ぐと、右足を手に取られ、座席のシートに乗せられる。思わずスカートを押さえた。
「ああ、ここか。とりあえず上から貼っておくから、後で消毒しよう」
そう言いながら聡志は絆創膏の包装紙を取り去り、ストッキングの上からかかとに慎重に貼る。続いて左足にも同じ処置を施した。
(……後でって、いつの後?)
京都見物が終わったら「今日一日付き合う」のも終わりではないのか──それとも、彼の中では違うのか。
頭によぎった可能性に、心臓がひときわうるさく、音を立てるのを感じた。
その後、ハイヤーが向かったのは、昼食を食べた店のあるホテルだった。
取っておいたと聡志に言われた部屋に連れていかれ、ホテルスタッフが持ってきた救急箱を使って、かかとの消毒と絆創膏の貼り直しがされる。