婚約者に裏切られたその日、出逢った人は。

 それが終わると、聡志はどこかに電話をかけて出ていく。ほどなく二人の女性が部屋に入ってきた。
 スタイリストと美容師だという彼女たちに、朝海はまたもや、戸惑っている間に衣装替えとメイクを施される。一時間後には深い赤のパーティードレスに、髪を複雑な形に結い上げられた、完全なよそ行きの格好になっていた。
 女性二人が退室するとほぼ同時に入ってきた聡志は、黒のタキシードを身にまとっていた。
 その、あまりに似合う服装に、感嘆のため息が漏れる。
「思った通りだ。君は赤が似合うね」
 見惚れている相手にそんなことを言われて、お酒も飲んでいないのに頬が熱くなった。
 そういえば、彼の口調から丁寧語が消えている。いつからだったのだろう。
 だが、聡志のそんなフランクな口調を、朝海は嫌だとは思わなかった。逆に、錯覚できて気分が良かった──彼の特別な相手になったような。
 当然のように差し出された腕に、朝海はわずかな躊躇の後、腕を絡めた。
 連れていかれたのは、最上階にあるフレンチレストランだった。
 テーブルマナーがわからずに戸惑っていると、向かいから「僕の真似をすればいいから」とささやかれる。言われた通りにカトラリーの順序や使い方を真似て、どうにかデザートまでこぎつけた。
 料理は美味しかった。緊張で、味がよくわかったとは言えないが。
 勧められるままにワインやシャンパンも何杯か飲んだ。朝海はアルコールに弱いわけではないものの、今日一日の疲れや、酒自体の甘みも手伝ってか、いつもよりよく回った気がした。
 ──そして。
 ややふらつく体を支えられながら、朝海は聡志とともに、あの部屋へと戻った。

「部屋を取ってある」と言われた時から、少なくとも彼にはその気があるのだ、と察していた。
 それでも、部屋に入った途端に背後から抱きしめられた力の強さには、反射的に体がこわばった。
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