優しくない同期の甘いささやき
「俺に感謝しろよ」

「なぜ?」

「既婚者とふたりでいるところを誰かに見られて、変な噂立てられたら困るだろ? 俺がいれば、ただの食事会に見られる」

「へー。別に、噂立てられてもいいんだけどね」


好きな人とふたりだけの時間が持てるのなら、噂なんか気にしない。

熊野は「バカか」と私の頭を小突いた。呆れる熊野にそっぽ向いて、作業を再開させる。


18時過ぎ、私たちは会社近くにある居酒屋に入った。私の前には、黒瀬さん。好きな人がこんなにじっくりと見られる場所、なんて素敵な位置なんでしょう。

自然と顔が緩む私の前に、ドンッとハイボールが入ったジョッキが置かれる。

店員から受け取って置いたのは、私の隣に座る熊野だ。

もう少し静かに置けないのかしら?

チラリと見ると「なんだ?」と言われた。ここで文句言っても、良いことはなさそうだ。

黒瀬さんと熊野のジョッキには、生ビールが入っている。

乾杯して、半分ほど飲んだ熊野がまず口を開いた。


「今夜、奥さんは何してるんですか?」


奥さんのこと、話題にしなくていいのにな。知りたくない情報だ。

でも、私はイヤな顔ひとつしないで黒瀬さんの返事を待った。
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