メール婚~拝啓旦那様 私は今日も元気です~

八月の爽やかな朝陽の中、灯里はペタペタとペンキを塗っていた。

信州に来て一ヶ月が過ぎた。新しい家は小さな洋館で、赤い屋根に白壁が特徴的な可愛い家だった。近所には大家さんご夫婦がいて、単身で移り住んだ灯里を最初から優しく受け入れてくれた。後ろ盾があるところからのスタートは住民に溶け込むのも早い。すぐに灯里は信州での生活に馴染んでいった。

この辺りは都会の人が古くから避暑地として活用していた場所らしい。町の家のほとんどが別荘だ。でも最近はもっと便利なところに住み替える人が相次ぎ、空き家が問題になっていた。

灯里が住み始めた家も、もとは誰かの別荘だという。「どこに釘を打とうが、壁の色を変えようが好きにしていいよ」と言われたので、灯里は早速不二子ちゃんに乗って町まで行き、クリーム色のペンキと刷毛を買い込んできた。

実はDIYが好きで、簡単な棚なんかは自分で作ってきたのだ。家を丸ごと好きにしていいと言われたら、じっとしていられない。一人で壁を塗り替えていると、近所の木工職人さんや大工さんがアレコレとアドバイスをくれる。いつの間にか、灯里の家は職人さんが集まるDIY教室のようになっていた。

島でお世話になったヨネさんにも、庭の畑仕事の時に便利な折り畳みの椅子を作って送った。しゃがみこんで土いじりをするのが辛くなってきたと言っていたので、ちょうどしゃがんだくらいの高さになる椅子を作ったのだ。するとすぐに椅子に座ってにっこりと笑っているヨネさんの写真が送られてきた。ヨネさんは意外と機械に強く、スマホでのやり取りもうまくできる。今でも、ちょくちょくメッセージアプリで連絡を取り合っていて、違う土地に移り住んでも繋がっていけるのが嬉しかった。


「灯里ちゃん、一時から染め物始めるわよ」

家の前で止まった車の窓が開いて、声をかけられた。

「わかりました!よろしくお願いします」

近所に住む草木染の先生、良子さんだ。良子さんは自宅で草木染をし、カバンや服などを作って売っている。初めてお店に立ち寄った時に、その繊細な色合いに目を奪われた。灯里が熱心にやり方を聞くので、じゃあやってみる?ということで、教えてもらうようになったのだ。

実は晴夏も今日来ることになっている。

なぜ晴夏も草木染を習っているのかと言うと、初めて良子さんのところに習いに行く日に、突然一人で遊びに来たのだ。

「俊樹が出張に行ってて暇なのー」

のんきに言う晴夏にびっくりしたが、北陸新幹線とレンタカーを使えば、ここには二時間ほどで来れる。今から草木染を習いに行くところだと話すと、私も行きたいと言うので晴夏も連れて行ったというわけだ。

そうしたら、灯里より晴夏の方が夢中になった。ここに住んで毎日習いたいっと騒ぎ立てたが、今西から許可が出るわけがない。しぶしぶ帰っていったのだが、その時から数えて今日が三回目の染め物教室だ。灯里がここに越してきてから一ヶ月、晴夏が三回も来ていれば来過ぎなくらいだろう。


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