契約結婚のススメ
 ハッとして振り返ると義母が呆れたように片方の眉を上げて溜息をつく。

 クスクス笑った南城夫人が「あとはふたりでごゆっくり」と言った。

「私たちはこれから観劇に行くから」

 そう言い残して義母と南城夫人は席を立った。

 義母が席を立つ前にこっそりと、「『一貴は愛想がないでしょう?』って言ったのよ」と教えてくれた。

 そうだったかな? ローマでの彼は確かに口数は少なかったけど、一緒にいて居心地がいい人だった。
 

 賑やかなふたりが消えると、途端に心細くなる。

 琴が奏でる静かな曲がやけに耳に響き、胸の鼓動までが一貴さんに聞こえてしまうんじゃないかと、ますます落ち着かない。

 いつ言い出そう。
 緊張のあまりゴクリと喉を鳴る。

 気を紛らわせようとデザートに手を伸ばす。

 ガラスの器の冷たさに触れ、気持ちの高鳴りが静まっていくようだった。

 黒蜜をまとった葛きりを口に運びながら、これから言うべきお願い事を、心で反芻した。

 私と――。

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