御曹司の激愛に身を委ねたら、愛し子を授かりました~愛を知らない彼女の婚前懐妊~
その動きは緩慢で表情にはなんの感情も浮かんでいない。

笹原は痛々しそうな目を菫に向けると、傍らに置いていたバッグからスマホを取り出した。

「御園さん、すぐに戻りますから待っていてくださいね」

笹原はそう言うや否や席を立ち、店の入口へと向かった。

ふと菫がそちらに視線を向けると、スマホを耳にあて誰かと真剣な表情で話しこんでいる。

「もしかして……」
 
菫はぼんやりした意識の中、笹原には今日なにか予定があったのだろうと考えた。

黎の仕事が長引きそうだと聞き落ちこんだ菫を励まそうと、食事に誘ってくれたのかもしれない。

本当は恋人との約束が入っていたのだろうか。

おまけに母に実家に連れ戻されそうになるのを助けてもらった。

迷惑をかけてばかりだ。
 
こんなことならさっさと母と実家に戻ればよかったのだろうか。

「それは、無理」

菫はぶんぶんと首を横に振り、ふと心に浮かんだ思いを打ち消す。

もしもそんなことになれば、もう二度と黎に会えないかもしれないのだ。

そう考えただけで全身に痛みを覚え、こらえていた涙が目の奥にこみ上がってくる。

黎とようやく想いが重なったのだ。
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