御曹司の激愛に身を委ねたら、愛し子を授かりました~愛を知らない彼女の婚前懐妊~
しんと静まりかえった部屋に、菫のくぐもった声が響く。

鼻の奥がつんと痛み、目の奥から涙がこみ上がってくる。

そして我慢する間もなく頬を熱いものが伝い落ちた。

「や、やだ」

泣くつもりはなかったのに、つい涙が頬を伝う。

せっかくの幸せな時間を過ごしているのに涙は流したくない。

菫は空いている手で頬を拭う。

涙の理由ならわかっている。

黎がなにひとつ疑わず〝俺の赤ちゃん〟とつぶやいたからだ。

決して菫を傷つけないと信じていても、心の片隅では黎が菫の妊娠を聞いてどんな反応をするのか、不安だったのだ。

滑稽なほど菫の妊娠に感動している黎を見て、菫はそんな不安を抱えていた自分を叱り飛ばしたい。

そしてまだまだ黎を信じ切れていないのかと反省した。

「ごめんね、こんなときに泣いちゃって。幸せなことなのに……え」
 
黎が泣いている。
 
菫のお腹に手を置いたまま、身動きひとつせずただ静かに涙を流している。

普段目にする整った顔が、いっそう秀麗でキラキラして見えるのは気のせいだろうか。

「黎君」

「悪い。こんなに幸せなものだと思ってなかったんだ」

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