年下イケメンホテル王は甘え上手でいじわるで
と私を見ることもなく冷たく告げた。支度と言ってもとくに何もすることはない。買ってきたもののタグを切ったり、ハンガーにかけたりしていると、ドアがノックされた。
「はい」
「私です」
 社長だ。
「お早いですね」
 私がドアを開けながら言うと、
「迷惑でした?」
と余裕の笑みで聞いてくる。これで「迷惑です」なんて一度も言われたことがないのだろう。ひねくれている私は言ってやりたい衝動を抑えながら答える。
「ぜんぜん。もう行きますか?」
「滝田さんはその格好で行くの?」
「そのつもりですが・・・」
「せっかくだから綺麗な格好をしてほしいな」
「綺麗な格好はいざというときに素早く動けません。いかなるときも社長を警護したいので、この格好でお供させていただきます」
「じゃあ、今日は警護はナシで。ただ、私と食事に行くということでしたらお着替えいただけますか」
「警護がナシであれば、お食事はお断りさせていただきます。どなたかお綺麗な方とご一緒にどうぞいってらっしゃいませ」
 言ってから感じが悪かったかなと思ったが、こういう選ばれたような人間はこれくらい言わないと分からないだろうと居直った。別に焼肉がなくなったとしても構わないどころか気を使わずにいられてラッキーとすら思っている。一人で沖縄料理でも食べに行きたい。
「あはははは、滝田さんひどっ」
 相好を崩した社長が、キングサイズのベッドの端に腰掛けた。
「私のこと、覚えていませんか?」
 社長が真面目な顔に戻り、じっと私を見据えた。え・・・?社長とは初対面なはず・・・。こんなに綺麗な顔をしていたらおそらく誰しも忘れないと思うのだけど・・・。私は頭の中の人物カルテをぺらぺらめくっていったが該当はなかった。
「りこねえちゃん」
 いたずらっこのように、社長がつぶやいた。
 ざわっ。
 私の心がいっせいに騒ぎ出す。待って、ちょっと待って。私のこと、その呼び方で呼ぶのは一人しかいない。隣に住む五つ下のかわいいかわいい男の子。え・・・でも面影なんてないし、そもそも名前が違うじゃない。あの子は嵐、この人は桜庭ジン。
「ああ、名前ですか? 桜庭ジンは偽名ですよ。結構ね、本名使ってない社長ってこの世の中多いんですよ。だって物騒じゃないですか。メディアに出るのに本名使ってたら」
 私の心を呼んだように社長は言った。
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