年下イケメンホテル王は甘え上手でいじわるで
「免許証見せますから、こちらにきてください」
 社長が言う。私は動けなかった。私が大切にしていた宝物のような思い出がまさかこんな形で現実として戻ってくるなんて・・・。
「りこねえ、きてよ」
 甘えたように言われ、私はふらふらと社長のところへ歩み寄った。社長がぐいっと私の手を引き、半ば強引に隣に座らせられる。そして目の前に免許証が出された。
「ほら、ぼく、嵐だよ。りこねえ」
 間違いなく『森田嵐』と記されていた。心の中にずっとしまっていった感情が勢いよくあふれ出てくるようなそんな感覚におそわれた。ずっと気にかけていた嵐、ずっと会いたかった嵐。でも会ってしまっては大切な思い出がそうでなくなってしまうような恐怖、それなのに、今日、はからずも再会してしまったのだ。
 社長の口から「りこねえちゃん」「りこねえ」と呼ばれる度に、私の胸の奥はつかまれるように苦しくなる。
「りこねえちゃん、会いたかった」
 気がつくと私は社長の胸にすっぽり収まっていた。ふりほどきたいのに、どうしよう、ぜんぜん嫌じゃないのだ。それどころか、懐かしいような安心するようなこの気持ち・・・。私は自分自身に戸惑った。
「りこねえは? ぼくに会いたかった?」
 耳元でささやかれ私は頭がくらりとした。動悸がする。
「嵐? 本当に嵐なの?」
 私はさわり心地のいいスーツの端をぎゅっとにぎりしめてたずねた。
「あははっ、そうだよ、うたぐりぶかいなあ、りこねえは」
 社長は私を体から優しく離すと顔を近づけた。「ほら、思い出した?」
 ち、近い・・・。近すぎる。バサバサなまつげが私の顔に触れそうで、もう息をすることも出来ずに固まった。
「だだだだだ、だって、髪の毛、茶色だったじゃない」
 私はぐいっと社長の体を押しやり距離を取るとやっとのことでそういった。
「ああ、これ? 地毛でも茶髪だと印象悪いからさ~。黒く染めてるの。・・・りこねえちゃんはさ、ぜんぜん変わらないね」
 せっかく距離を取ったのに、また綺麗な顔が目の前にいた。
「い、いやいやいや、変わったでしょ」
 自分の心臓の音をかき消すように、私は下を向いてまた社長の体を離そうと両手に力を込めた。だけど今度はぴくりとも動かなかった。驚いて私が社長の顔を見た瞬間、社長の唇が私の唇に重なった。軽くふれあうだけのキス・・・。
「りこねえちゃん、好き」
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