花となる ~初恋相手の許婚に溺愛されています~

この恋はとても優しい恋

「準備できた」
「出発しようか」

翔哉くんが私に白のキャップを被せる。それはわたしの着ている淡い水色のTシャツと合っていると思う。ちなみに翔哉くんは黒のキャップに黒のTシャツで、翔哉くんの顔がもっと強面だったら怖くてわたしは近付けなかったかもしれない。
いや、きっとそんなことはない。どんな翔哉くんでも翔哉くんは翔哉くんで、絶対に優しくて、わたしのことを愛してくれるはずだ。
玄関の扉を開ける。九月下旬の昼間はまだ暑さが残っている。でも、一カ月前の暑さを思えば過ごしやすくなってきたし、肌に当たる太陽の光は優しくなった気がする。
スマホと財布だけをサコッシュに入れて、肩に掛ける。翔哉くんはそれプラス家の鍵を持っている。離れる時間もないだろうし一緒に入れてもよかったのだけれど、何故か荷物は個別になった。タオルは二人とも首に掛けている。

「まだちょっと暑いけど、このくらいの暑さなら許せる」
「だいぶ秋っぽくなったね」

外に出れば秋桜が風に揺れて、その様子を見ることでも秋を感じる。

「白のキャップ、よく似合ってる」

翔哉くんがわたしの頭をぽんぽんと叩く。

「翔哉くんのセレクトがいいから」
「褒めても何も出ないよ?」
「あとでお水買ってください」
「おねだりの内容が可愛い」

帽子を深く被り直した翔哉くんの表情は柔らかく見えた。
わたしは、翔哉くんに愛されている。幼い頃から。そして、今も。確かに自分たちで決めた関係性ではない。でも、惜しみない愛情をたくさん受けて、わたしはとても幸せだ。翔哉くんの愛情を受け取れなくなる日が来るのかもしれないと思うととても怖いけれど、きっとそんな日は来ない。それは自信過剰かもしれないけれど、絶対に。

「でも、水飲まないで熱中症になったら困るから、あとで買おうね」

結局はわたしの願いを叶えてくれる。しかもさりげなく。これが常なのだから、優しすぎると思う。本当に、優しいの言葉しか出てこないのだ。
公園までは歩いて一時間もかからないだろう。ほんの少しだけ前を歩きながら、でもわたしのことをすごく気にかけてくれているように感じる。わたしももう子供ではないのだけれど、翔哉くんにとってはいつまでも幼いわたし、守るべき私なのかもしれない。それは嬉しいような、少し寂しいような複雑な気持ち。わたしだって、翔哉くんのことを守りたいから。

「ありがとう」
「え?何が?」
「いつも優しくしてくれて」

わたしがそう言うと、翔哉くんが驚いた顔をする。

「俺は晴喜が好きなんだから、当たり前のことだと思わない?」
「え?」

今度はわたしが驚いた顔をする番だった。
好き。
その言葉は何度聞いても純粋に嬉しくて、心に染み渡って、翔哉くんはわたしを喜ばせる天才だと思う。

「え?俺、何か間違ったこと言ってる?」
「言ってない」
「晴喜が驚いた顔をしてるから」

わたしたちは互いに感情や思っていることを伝え合っている方だと思っていた。現に今も二人とも驚きを素直に表情として出している。
でも、もしかしたら、愛情は伝え足りていなかったのかもしれない。
翔哉くんからはこんなにもたくさん愛情を注いでもらっていて、わたしだって翔哉くんにたくさんの愛情を渡せていると思っていた。
だけど、きっと、きっともっと、互いが互いに深い愛を抱いているんだと思う。

「翔哉くん」
「ん?」
「好き」

だから、素直に伝えるね。
わたしは、翔哉くんが大好きです。
もう、あと半年もすれば、わたしは翔哉くんのお嫁さんになる。それは確かに周りが決めたことで、自分の意思ではなかった。でも、今は早く翔哉くんのお嫁さんになりたいとさえ思う。翔哉くんの優しさを受けて、強さを感じて、隣に立てることをとても嬉しく思うし、翔哉くんの心の中心にわたしが存在することもこの上ない幸せだと思っている。わたしは、大人になったわたしは、自分の意志で翔哉くんのお嫁さんになるのだ。

「俺も。晴喜のことが大好きだよ」

翔哉くんの手が私の手を優しく握る。嬉しくて幸せで、胸がいっぱいになる。
わたしは翔哉くんとの恋しか知らない。初恋の人が翔哉くんで、初恋の人が許婚で、初恋の人と結婚する予定だから。でも、この恋はとても優しい恋で、わたしは本当に恵まれていると思う。
わたしの、この何とも表現しがたい気持ちが繋いだ手を通じて、翔哉くんの心に届けばいいのに。胸がいっぱいで、泣きそうなのに、でもそれは幸せすぎることが理由。

「あー、早く晴喜がお嫁さんにならないかな」

優しい顔をしてそんなことを言うものだから、涙が出てしまう。
わたし、こんなに幸せでいいのかな。
翔哉くんの手をぎゅっと握れば、翔哉くんもぎゅっと握り返してくれる。でも、わたしの涙に気付いたのか少し焦った顔をしている気がする。

「え?晴喜?」
「翔哉くん」
「え?」
「好き、大好き」

本格的に泣き始めた私を翔哉くんは抱き締めてくれる。

「もう、いきなり泣くからどうしたのかと思ったよ」
「好きー」
「マリッジブルーになってるのかとか」
「好きー」
「実は俺のこと嫌いなのかとか」
「好きー」
「うん。俺も晴喜が好き。世界一可愛い、俺のお姫様だもんね」

幼い頃、翔哉くんが読んでくれた絵本に出てきた王子様とお姫様。
はるきはぼくのおひめさまだよ。
そう言ってくれたこと、わたしは今でも覚えているよ。

「あー、可愛い。本当に可愛い。頭から食べちゃいたい」

未だに涙の止まらないわたしは、その言葉に頷くしかできなくて。

「夜、覚悟しといてよ?」

世界一かっこいい、わたしの王子様。
あなたに愛される覚悟なら、いつだってできているよ。
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