花となる ~初恋相手の許婚に溺愛されています~

宝石

変わらない日常は本当に幸福だと思う。一緒にご飯を食べて、一緒に笑って。感じる体温に安心したりもして。
この愛に、ご縁に、感謝しないといけないことはわかっている。
そして、大好きだって強く思う。
それなのに、不安になってしまうのはどうしてなのかな。

「晴喜」

その不安な気持ちが翔哉くんにも伝わってしまったのかもしれない。翔哉くんがわたしの目を真っ直ぐに見ている。

「何かあった?」

その真っ直ぐだった眼差しが急に優しいものになって、わたしの頬に手のひらを当てる。表情のように、変化することで安心できるものだってある。空の色だってそうだ。青空。茜空。そして、夜空。
翔哉くんに嘘を吐くことはきっと難しい。だって、わたしのことをいちばん近くで見てくれていて、いちばん多くの愛を与えてくれる人だから。

「晴喜」

何も言えないわたしに対して、翔哉くんがもう一度名前を呼ぶ。

「翔哉くんはわたしでいいの?」
「え?」

翔哉くんの目が大きく見開かれる。わたしのこの言葉は翔哉くんの中で想像されていなかったんだと思う。
でもわたしはずっと、心のどこかで思っていた。
与えられて、愛されて、わたしはそれを同じだけ返せているのだろうか、と。

「晴喜、それはどういう意味…?」
「翔哉くんに相応しい女性になれているのかな、わたしは」

愛情豊かで心の優しい翔哉くんだから、もっといい人がいるんじゃないかと思ってしまう。祖父同士が決めた関係だから、嫌だって言えなくて。

「晴喜じゃなきゃだめだよ、俺は」

翔哉くんが真剣な表情でわたしを見ている。翔哉くんは基本、わたしには穏やかな表情で接してくれる。でも、今の翔哉くんは、いつもの翔哉くんとは違って。少し怒っているような、でも不安な様子にも受け取れる複雑な表情をしている。

「俺、晴喜を不安にさせてる?」

首を縦にも横にも振れないし、何も言うことができない。
翔哉くんが原因で不安になっているわけではないけれど、わたしの中に不安な気持ちがあるのは確かで。
何の反応も示さない、示せないわたしを見て、翔哉くんは悲しげな顔をしている。

「ごめん。全然気付けなくて」
「そうじゃなくて」
「ん?」
「翔哉くんが悪いとか、そんな意味じゃなくて」
「うん」
「もっと、翔哉くんに相応しい女性がいるんじゃないかって思った」
「相応しいって何?」
「え?」
「俺は晴喜じゃなきゃだめなのに、俺の気持ちは考えてくれないの?」

翔哉くんの発言に、わたしは黙り込んでしまう。
幼い頃から、互いに好きという感情をしっかりと持っていて。それは今でも大事にしている。
好きだから、相手のことを考えすぎて、好きだから、不安になったりもして。ずっと全部を信じていたのに、少しのことでそれが揺らいでしまった。亀裂から水が入って割れてしまった、宝石のようなものだ。

「確かに俺たちの関係は俺たちが知らないところで俺たちが知らないうちに進んでいた。でも俺は、それを嫌だなんて思ったことは一切ないよ。むしろ、こんなに優しくて、こんなに可愛い晴喜が俺のものになってくれるなんて夢みたいだって、ずっと、小さい頃からずっと思ってる。相応しいとか相応しくないとか、そんな難しいことは考えたことないけど、俺は晴喜が好きで、晴喜は俺が好きで、それだけじゃだめなのかな。晴喜が毎週家に来て俺のために動いてくれて、おいしいご飯作ってくれて、二人の時間を過ごせるのが本当に幸せで、早く結婚して縛り付けたいくらいに思ってる。だから」

一気に発せられた言葉は、わたしの脳内に一気に流れ込んでくる。それを上手に処理するのは時間がかかることだろうし、きっと難しいこと。でも、わたしを抱き締めてくれる翔哉くんの腕は力強いのに震えていて。愛しいと思ってしまった。わたしのことを考えて、こんなにも感情を揺らしてくれる人が他にいるだろうか。

「だから、俺のそばにいてよ。ねえ、お願いだから」

恋をしたら、人間は強くなれるけれど、逆に弱くもなってしまうんだね。翔哉くんも。わたしも。同じ。

「わたしでいいの?」
「だから、俺には晴喜じゃなきゃ。晴喜でいいんじゃなくて、晴喜がいいんだよ」

腕の中で泣き続けるわたしを、翔哉くんは抱き締めてくれる。翔哉くんの声も、少しだけ涙が混じっているような気がした。
これからもわたしは、翔哉くんに、大好きな翔哉くんに、好きだと思ってもらえる存在でいたい。そしてそれを他力本願で叶えるのではなくて、きちんと自分自身で努力したい。ずっと可愛くいたいし、お料理ももっとレパートリーを増やしたい。
今日のこの時間も、きっと大事な時間だった。わたしの不安に気付いてくれてありがとう。

「ありがとう」
「うん。そして?」
「そして?」
「好き、は?」
「だいすき」

わたしの言葉に安心したようににっこりと笑って、優しく唇を重ねてくれるから、やっぱり好きでしかなくて、この関係がもしも崩れてしまったらだめになるのはきっとわたしの方だなって思った。
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