花となる ~初恋相手の許婚に溺愛されています~

愛しさの塊

二人で泣いて、二人で笑って。わたしは翔哉くんと一生一緒に生きていくんだと思う。

「あと半年の学生生活、楽しく過ごせるといいね」

日曜日の夜は、いつも二十一時までにわたしを家まで送り届ける。そういうところは律儀で、絶対にそのラインは越えないのだから、わたしの家族も絶対的に信頼している。もっとも、信頼できない相手にわたしが惚れ込んでいたのならばきっと止めるだろうし、この関係もなかったことになるのだろう。でも、そんなことはあり得ないと思う。何故なら父も、母も、何なら離れて暮らしている祖父まで翔哉くんのことが好きだからだ。

「卒論しっかり書かないと卒業できないけど、友達と遊ぶのも大事だと思うよ」

それはわたしの友達も同じだと思う。許婚がいると言うと驚かれてしまうことも少なからずあるけれど、わたしが話をしたり、直接会う機会があったりすると、みんな翔哉くんに惹かれてしまう。恋愛的な意味合いではなく、人間として。これは翔哉くんの一種の才能なのかもしれない。

「翔哉くんもこの時期、お友達とよく会ってたもんね」
「そう。今はみんな仕事が忙しくてあまり会えてないけど」

四年前の今頃、翔哉くんが大学四年生だったとき、翔哉くんはお父様の会社に入ることが既に決まっていた。大学に入学したときからずっと続けていたバイトもしつつ、高校生だったわたしにも会いつつ、卒論もしっかり書きながら、お友達とよく飲み会をしていた。わたしは高校生だったからもちろん参加しなかったけれど、翔哉くんはわたしのことをきちんと話してくれていた。女の人が参加することもあったようだけれど、わたしが心配するようなことは何もないよ、と言ってくれていた。もっとも、その時期はわたしも受験生でそれどころではなかったのだけれど。

「早いやつはもう子供がいたりするし、だんだん家庭第一になっていくんだよ、みんな」

あと一年もしないうちに、わたしたちは新しい家庭を作ることになる。夫婦になって。そして翔哉くんの遺伝子を継ぐ命を胎内に宿す日がきっと来る。その命をこの世界に産み出して、腕に抱くのだ。想像しただけでも幸せになる。
わたしたちの関係性は確かに自分たちの意思で始まったものではない。でも、互いに恋をして、今ではちゃんと愛がある。

「わたしたちはどんな家族になるんだろう」

最近よく考える。翔哉くんが毎日一緒にいる生活。そして、翔哉くんが父親になることを。翔哉くんが父親ということは私が母親ということになる。きっと。愛情を持っている人には優しく接する翔哉くんだから子供にも優しい父親になると思う。そして、その先、年齢を重ねても互いに尊重し合って仲良く生きていきたいと思う。気が早い話だけれど、それがわたしの生き方になると思っているし、翔哉くんに添い遂げる覚悟はできているから。

「晴喜は料理が上手だからいっぱい作って」
「太っちゃうよ?」
「世の中には幸せ太りという言葉があってね」
「でも翔哉くんは何でもおいしそうに食べてくれるから嬉しい」
「実際おいしいもん」

そして、何気ない会話を日々積み重ねていけることを嬉しく思う。
その角を曲がればわたしの家に着いてしまう。何回、何十回と繰り返していても、この時間はとても寂しくて悲しくなる。

「いつも来てくれて本当にありがとう」

そんなわたしに気付いたのか、翔哉くんはいつも通りの優しい声音で言う。
互いに友達は大事にしているつもりで、でも、やはり互いが最も大事で。それゆえ会う回数、時間はとても多い。だけど、これが恋なんだと思うし、愛なんだとも思うし、そんな感情を抱ける相手と結婚できるなんて本当に幸せだ。

「翔哉くんもいつもありがとう」
「ん?」
「お仕事で疲れてるのに、いつもわたしに会ってくれて」
「晴喜はね、俺に回復魔法を使ってくれるから」
「え?」
「晴喜が俺のために色々なことをしてくれるのを見る時間とか、一緒に楽しいことをしてくれる時間とか。ううん、同じ場所にいるだけでもいいんだ。存在自体が回復魔法」

回復魔法。
そう思ってくれていることが本当に嬉しい。わたしはきちんと、翔哉くんを支えることができている。

「そんなこと言ったら、これからも毎週欠かさず家に行っちゃうんだからね」
「それに飽きる頃には結婚だから、結局毎週末一緒だよ」
「今更飽きるわけないもん」

もう三年半続けてきたことだ。飽きるわけなんてない。
翔哉くんが車を停車させる。

「晴喜、おやすみ」

そっと唇が重なる。
今回の逢瀬はこれで終わり。寂しいけれど、翔哉くんのことを考えながら日々過ごそうと思う。こんなに会えていて寂しいなんて贅沢な話。少しは我慢しないといけない。そう思うのに我慢ができないのは、翔哉くんの愛という名の深い海に既に沈んでしまっているから。

「おやすみなさい」

車を降りる。翔哉くんはわたしが家の中に入るまでずっと見ていてくれる。最初はわたしがお見送りしたいなって思ったこともあったけれど、家に入るのを見届けないと心配なんだよ、って言われて、優しさに甘えることにした。
翔哉くんに手を振って、家の中に入る。
胸がきゅーっと苦しくなって、それが寂しさなのか愛しさなのかわかるほどにわたしは恋愛慣れしていなくて。でも、その苦しささえ愛しいのだから、恋というものは結局愛しさの塊なのかもしれないなと思った。
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