エリート脳外科医の独占愛に、今夜も私は抗えない
翌日、楓は雅史が執刀にあたっている手術の時間を使って、欧米で発表された脳神経に関する論文の翻訳にあたっていた。
小学生のときにネイティブの家庭教師がついていたうえ、大学の英文科に在学中に交換留学で一年間イギリスにいたため、楓は英語もお手の物。もちろん医療専門用語の部分は翻訳できず、そのままの単語を使う以外にないが、それほど苦労せず進められる。
雅史も語学は堪能だが、日本語で読むほうが労力は少なくて済むため、楓は時間が許すときには積極的に翻訳に時間をあてている。
でも今日はなかなか集中できず、何度も手を止めてはため息の連続だった。それもこれも昨夜の父親からの電話が原因にほかならない。
約束を交わしたときには四年後に実家へ戻ることにそれほど抵抗を覚えなかったのに、今は考えるだけで心ばかりか体までズーンと重くなる。まるで大きな石をリュックにでも入れて背負っているよう。
(お父さん、私を誰と結婚させるつもりなんだろう……)
楓には五歳離れた兄がおり、彼が海老沢総合病院の次期院長なのは間違いないが、院内の優秀な医師か大手の取引先の御曹司あたりなのはたしかだ。
恋愛感情のない人と結婚するのは覚悟していたはずなのに、今になってどうしてこんなにも抵抗があるのか。