エリート脳外科医の独占愛に、今夜も私は抗えない
声は抑えていたし、人がいなくなってから話していたが、まさか院長に目撃されていたとは。
「雅史はこれから大事な縁談が控えています。先日も、女性関係は清算しておくようにと釘を刺したところなんですよ」
雅史だけでなく、楓にも圧力を与えるつもりなのだろう。丁寧な口調なのに、その声には拒絶の色が滲んでいる。
慎一の放つ尖った空気で肌がピリピリして、とても居心地が悪い。突然高い山の頂上に連れてこられたみたいに酸素濃度まで薄い感じがする。
「……院長がご心配されるような関係ではありません」
そう返すので精一杯だった。
そして、そこに嘘はない。ふたりの関係は、あの夜限り。愛情も将来の約束も、なにもないのだから。
そもそも、そんなものが存在していいはずがない。
「そうですか。それは安心しました」
大前提として、あの夜はひとときの戯れだった。雅史の気持ちが楓に向いているわけではない。
「海老沢さん、先に部屋に戻ってください。私は院長と話がありますので」
雅史の言葉に慎一も異存がないようだったので楓は立ち上がり、深くお辞儀をして逃げるように院長室をあとにした。