独占欲強めな御曹司は、溢れだす溺愛で政略妻のすべてを落としてみせる

「奏一さん」
「ありがとう、結子。作業終わったんだ?」
「うん」

 結子が頷くと、奏一はすぐに『お疲れ様』と結子を労ってくれる。そして上野に触られて気持ちが悪かった場所に別の温度を与えてくれる。気色悪さを書き換えるように、腰にゆっくりと手を回してくれる。

 今度は、まったく不快じゃない。それどころか心地良い。

 初対面の気持ち悪い人からの賛美よりも、奏一が見つめて背中をぽんぽんと撫でてくれる方が百倍も嬉しい。

「妻……?」
「ええ。まだ社内には公表してませんが、実は数ヶ月前に結婚したんです。彼女は私の妻です」
「……入谷 結子と申します」

 奏一の説明を裏付けるように、先ほどとは違う結子の『今の本名』を名乗る。すると上野の顔面からサーッと血の気が引いていく。

 どうやら彼も、自分が悪戯をしようとした相手の正体に気が付いたらしい。彼にとって結子は、上司の妻だ。

 結子もまさかこんな落とし穴があるとは思っていなかった。だから間違いを訂正しなかったが、今になって思えば結子は最初からちゃんと正確な名前を名乗るべきだった。

 色眼鏡で見られるのが嫌で入谷の名を伏せたのに、結果的には入谷の名を名乗った方が、非常識で犯罪まがいの行動には効果があったなんて。そんなのわかるはずがない。

「で、では私はこれで――」
「上野さん」

 上野は自分がしようとしていた事の重大さに気が付いたらしい。慌てて逃亡しようとしたが、奏一の怒りの声が彼の行動に先回りした。

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