雪山での一夜から始まるような、始まらないようなお話。
「なあ、安住、昨日のことだけど……」

 完全に目が覚めたらしい進藤は様子がおかしくなった。なぜか頬を染め、にじり寄ってくる。

(緊急事態はノーカウント!)

 私は徹底的にとぼけることにした。

「昨日? なんのこと? なにもなかったわ!」
「はあ? あっただろ!」
「なかったわ! 夢でも見たんじゃない?」

 私の身だしなみはバッチリ。なんの余韻もない。
 少なくとも外側にはね。

「お前なぁ……」

 進藤がなにか言いかけた時、なんと旅館のおじさんが迎えに来てくれた。
 進藤にこの小屋のことを教えてくれたのはおじさんで、私たちが帰ってこないから、きっとここに泊まっているのだと思ったそうだ。

「ありがとうございます!」

 使った分の薪を拾って戻し、私たちはおじさんの車で旅館に帰った。
 
(よし! ごまかしきった! 進藤と私はただの同期でライバル! それ以上でもそれ以下でもないから!)

 私は小さくガッツポーズした。

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