雪山での一夜から始まるような、始まらないようなお話。
「災難だったわね〜」
「あそこに避難小屋があって、助かりました」

 私たちは旅館で美味しい朝食をいただいていた。
 お味噌汁の塩気が身に沁みる。

「にいちゃんが追っていってくれて、よかったな」

 のんびりお茶を飲んでいたおじさんが言う。
 それを言われるとムカつく。
 
(進藤は勝手に来たのよ!)

「それは……感謝してなくもないような……。それより、おじさんが迎えに来てくれて、助かりました。ありがとうございました」
「バスも運休になっちまったし、一本道とはいえ、さすがにあそこから歩いて戻ってくるのはしんどいからなあ」
「やっぱり運休になっていたんですか! 本当にありがとうございます」

 進藤もにこやかにお礼を言うと、女将さんがぽーっとなった。

(恐るべし、進藤。熟女にもこの効果……)

「ところで、お二人の部屋は同じにしてよかったんですよね?」
「もちろん!」
「えぇー!」

 女将の質問に驚愕した。
 いつの間にそんなことに!

(なんで、私がこの男と一緒の部屋にならないといけないのよ!)

「女将さん、この人とはただの同僚……」
「熱い夜を過ごした関係、だよなー?」

 私の言葉に被せて、進藤が言う。

(だから、それはノーカウントだって!)

 睨みつける私に、進藤は耳打ちする。

「一緒だと、俺にほだされるのが怖いんだろう?」
「そんなわけないでしょ!」
「じゃあ、同室でもいいだろ?」
「いいわよ、別に!」

(誰でもあんたの魅力に参ると思うなよー!)

 ニコリと笑った進藤は、女将さんを振り返って、「問題ないです」と言った。

「若いっていいなぁ」
「ねぇ」

 おじさんがズズッとお茶をすすった。
          

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