雪山での一夜から始まるような、始まらないようなお話。
「えへへ、だっこだ。だっこされてる!」

 膝に乗せられ、身体を包まれると、憧れの抱っこ。
 うれしくなって進藤の首元に腕を絡みつかせ、顔を寄せる。

「おい……」
「わたし、ずっとずっとおかあさんとおとうさんにだっこしてもらいたかったの」
「……そうか。でも、今は俺で我慢してくれ」

 私がつぶやくと、進藤は私の髪の毛を撫でながら、とても優しい声を出した。
 
「うん、わかった。しんどー、すき」

 キュッと抱きつく腕に力を込める。
 ビクッと進藤の身体が反応した。

「お前なー、このタイミングで言うなよ……。俺は父親代わりか?」
「ちがうよー。しんどーはしんどーだよ」
「それはよかった」

 進藤は優しい。お父さんと全然違う。
 ちゃんと私を見てくれている。
 でも、複雑そうな顔をしているのに気づいて、また不安になった。

「しんどーも私をおいてく?」
「置いていかないよ。だいだい、さっきから、置いてくとか要る要らないとか、なんなんだ?」

 置いていかないと言われて、へにゃりと笑う。
 そして、聞かれたことを回らない頭で一生懸命説明しようとする。

「んーとね、おかあさんは私をおいて、どこかにいっちゃったし、おとうさんは、なつきがどんなにがんばってもこっちをみてくれなかったの。なつきはずっといらない子だったの。だれも私をいらないの……」

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