極秘出産でしたが、宿敵御曹司は愛したがりの溺甘旦那様でした
 一変して辺りは暗くなり、強い雨で視界は遮られ、地面を叩きつける音が逆に耳に心地よく感じた。気づけば周りには誰もいない。

 まるで世界から取り残されたようだった。寂しさは感じない。もうそんな年齢でもないし、私もいい大人だ。

 それなのに、どうしてか言いしれない感情が胸を覆って、涙腺を刺激する。

 雨が好きだった。幼い頃、レインコートを着て母と手を繋いで歩いたのを思い出す。わざと水たまりに入って遊ぶ私をお母さんは優しく見守ってくれていた。

 母が亡くなってからも雨の日は特別だった。

 お気に入りの傘やレインブーツを使える。美術館などの施設は空いている場合が多いし、雨の日限定のサービスを受けられるお店もある。ほら、いいことがいっぱいある。

 なにより雨の中なら泣いても気づかれない。全部雨が隠してくれる。

「未亜」

 雨の音に混じって、かすかに聞こえた名前に反応する。

「衛士」

 空を見ていた目線を落とし、私は目を見張った。傘を差してスーツ姿でこちらに駆け寄ってくる衛士の姿があったからだ。

「な、なんで?」

 信じられない面持ちで彼を見つめていたら、衛士は「杉井社長に」と、やや声を張り上げる。

「連絡することがあって、そのときに聞いたんだ。……まったく。俺と一緒に来る約束じゃなかったか?」

 最後はやや茶目っ気交じりに投げかけられたが、わずかに寂しそうな物言いに私は言葉に詰まった。なにも言えずにうつむいていると、さりげなく肩を抱かれる。
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