極秘出産でしたが、宿敵御曹司は愛したがりの溺甘旦那様でした
「未亜」

 名前を呼ばれ我に返る。ここはアパートで、今日は少しだけ早く衛士がやってきたので、茉奈の相手をしてもらっていた。

「な、なに?」

「もう限界らしい」

 洗い物をしていた手を止め、キッチンから顔を覗かせる。ソファに座っている衛士の膝の上で絵本を読んでもらっていた茉奈は、目を半分閉じて船を漕いでいた。

「ありがとう。寝かしてくるね」

 素早く近づき、そっと茉奈を抱き上げる。体を預けてくる茉奈はぽかぽかしていて、小さな存在に愛しさが込み上げた。

 茉奈はすっかり衛士に懐いていて、今日も自分から絵本を持っていって彼に読んでほしいとねだっていた。

 衛士が絵本を読むのが意外と上手いことに驚き、ふたりそろって絵本に集中する姿は親子だとしみじみ感じる。

 その光景を見て、なんだか不思議な気持ちになった。いつか茉奈に父親のことをどう説明すべきなのかを、ひそかに悩んでいたから。

 今はまだわかっていなくても、そう遠くない未来に、自分のそばに父親がいないと茉奈も気づく。

 その前に父の決めた相手で茉奈を受け入れてくれる男性とさっさと結婚すべきなのかとも考えたが、覚悟はあっても踏ん切りがつかなかった。

 けれど今、茉奈はごく自然に衛士を受け入れている。もちろん彼のまめな歩み寄りがあってこそだ。

 茉奈の規則正しい寝息を確認して私はリビングに戻った。衛士はソファに座ったままさっきまでの表情とは一転し、今はタブレットを厳しい顔で見つめている。
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