ココロの距離が離れたら
「座って。そんな緊張しなくていいから」
温和な経理部長は、ニッコリ笑いながら、部長の前の席にどうぞどうぞ、という手振りだ。
悪い話では、なさそう?
「失礼します」
「うん」
綾が席に座ってのを見て、部長は「じゃあ」というように話を切り出す。
「鈴木くんも経理部に入って、5年目、だったかな?」
「はい。その通りです」
「うん。もう経理業務としては不安がないし、課長のサポート業も多いよね、彼からもとても助かっていると聞いている。とても優秀だってね」
「あ、ありがとうございます」
「でね、そんな鈴木くんにお願いがあるんだ」
「・・・はい」
「今、立ち上げている支所がいくつかあるんだが、どうしても経理部門のエキスパートが足りない。鈴木くんに経理部門の立ち上げを手伝ってもらいたいんだ」
「立ち上げ・・・ですか」
「うん。頼まれてくれないかな」
にっこり。
優しい「おじさん」のような笑顔で締めくくられると、綾としては言葉につまる。
それはこの東京本社を離れるということになる。
それは、
彼と離れる、ということになる。
綾は膝の上に組んだ手をきゅっと力が入った。
窓の外のイチョウが黄色く、色鮮やかに通りを彩っていて、なんだか綾の目にはまぶしいほどだった。