別れを選びましたが、赤ちゃんを宿した私を一途な救急医は深愛で絡めとる
「はい」


彼の言葉がうれしくて、しがみついた。


「でも、大切なことまで忘れているような気がして……」


その部分は出てきそうで出てこない。

記憶の引き出しがカタカタ音を立てているのに、どうしても鍵が開かない、みたいな。


「無理に思い出さなくていいよ。これからを大切にしよう」


そうだよね。
せっかく好きな人と結ばれるんだもの。過去より未来を見て歩きたい。


「陸人さん」
「ん?」
「お誕生日、おめでとうございます」


大したお祝いもできなかったなと改めて祝福の言葉を伝えると、彼は白い歯を見せる。


「ありがと。俺の腕の中に心春がいてくれるなんて、最高の誕生日になったよ。来年も再来年も……じいちゃんになっても、一緒にいてほしい」

「もちろんです」


結婚をあきらめていた私が、大好きな人に受け入れてもらえるという幸福を手にできたこの日は、忘れたくても忘れられない。
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