マリアの心臓



病院の空いてる部屋に父さんを押さえ込んでいると聞き、いてもたってもいられなかった。

一も二もなく走っていった。

学校をサボることになろうが、雨が降っていようが、どうでもよかった。



母さんに泣きつかれた父さんを目にしたら。
もう、我慢できなかった。




『っざけんじゃねえ!!』




反射的に、手が、出ていた。


人を、ましてや家族を、はじめて殴った。

あっさり殴り返された。



痛くて、涙が出た。




『限界だったんだよ!!』

『限界? 何がだよ。今の父さん、ふつうじゃねえよ!』

『ふつうじゃないのは、マリアだろ?』

『なっ』




悪びれもせず、なんてことを言うんだ。

仮にも、父親じゃないか。




『こっちがどれだけがんばって、耐え忍んで、必死に生きても、意味なんかないんだよ! どうせすぐ無駄になる!』

『なに言ってんのか、わかってんのか……?』

『だってそうだろう? 働いた時間も金も、一瞬でパアだ。病態が悪化すりゃ、駆けつけなきゃいけない。仕事に穴があいて、信用もガタ落ちさ!』

『……そんなふうに、思ってたのか』




ひでえ親だ。

いいや、親でもなんでもない。


悪魔だ。




『おまえもそうだろう、鈴夏?』

『は?』

『あいつが生まれてこなきゃよかったって、本当は思って――ッ!?』




それ以上聞きたくなくて、拳で思い切り塞いでやった。

もう一発。まだ足りなくて、さらに一発。


その分、馬乗りになってやり返された。


その拍子に、胸ポケットに四六時中しまっていた押し花が、ひらりと落ちた。

あのときもらった、ピンクの花だ。

拾おうとすれば、父さんに容赦なく踏みつぶされた。



涙が、止まらなかった。




『クソ野郎……!!』

『っ、』

『も、もうやめて……! お願いよ……!』




怒りで我を忘れていた。

何もかもぐちゃぐちゃだった。


白衣を着た他人に止められてからも、暴れ続けた。



腐り果てた耳に、崩壊の音が聴こえた気がした。


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