マリアの心臓
あとから聞いた話だけど。
女の勘は鋭いもので、母さんだけは、そこかしこに根を張っていた違和感に勘づいていた、らしい。
父さんの仕事の愚痴を、夜な夜な聞いていたのだという。どんどん変わっていく様に、得体の知れない恐怖を感じていた。
今日もそうだ、その感覚を頼りに駆けつけ……そのときには、すでに遅かった。
悪い夢であってほしかった。
かなしかった。
やり場のない後悔を、持て余していた。
……ボクたちは、幸せなんかじゃなかった。
父さんとは縁を切ることになった。
万が一を考え、マリアを転院させようと、今、母さんは病院側と相談している。
その間にボクは、マリアの待つ病室を訪れた。
『……お兄ちゃん? その傷、どうしたの?』
理性を取り戻してから来た、はずなのに。
マリアの目元が、めずらしく赤らんでいて。
ほったらかしていた生傷が、とたんにひりつきだす。
『……っ』
『……お兄ちゃん……傷、痛いでしょう? おいで。手当てしてあげる』
マリアは何も聞いてこなかった。
見透かしていたのか。
母さんに似て、女の勘とやらが働いたのか。
擦った痕の浮かぶ目元を、やわくほぐしながら、ボクの傷を撫でてくれた。
本当に癒したい傷は、毒に犯されてしまったのに。
『……大好きだよ、マリア』
たまらず抱きしめた。
手当ての途中だったけれど、愛したくて仕方がなかった。
せっかく止めてきた涙が、またこみあげてくる。
今まで父さんになんと言われてきただろう。
どれだけの傷を負わされただろう。
苦しかったよな。
痛かったよな……?