甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
「妻の身に着けるものを選びたい俺の我儘だ」


「でも必要最低限のものがあれば大丈夫よ」


「じゃあデートだと思ってくれ」


そう言って、彼は私の反論を甘く遮る。


「まだ一度もふたりきりで出かけていないだろ?」


「そうだけど……」


同居もしているのに、わざわざデートとはなんだか不思議な気がする。


「ふたりで出かけたらお互いを知る機会も増える。なにより周囲への自然なアピールになる」


「でも結婚が知られたら困るでしょ?」


うちの上層部に口止めまでしたのだから。

矛盾するような口ぶりに戸惑う。


「ある程度はな。時期がきたらきちんと発表するが、少しずつでも周囲に知らせたい。俺のイメージも一新したいからな」


郁さんが私の髪を自身の綺麗な指先に軽く巻きつけながら答える。

イメージ、という単語に頭から冷水を浴びせられた気がした。


馬鹿ね、なにを浮かれていたの? 


まさか本物の好意を向けられているとでも思っていた?


私を抱く昨夜の彼はとても優しく、甘い言葉や仕草に心が奪われたが、“好き”とは一度も言われなかった。


「相変わらず真っすぐで綺麗な髪だな」


独り言のようにつぶやく低音に、心臓が早鐘を打つ。


「あの、もう行くね。関さん、送ってくださってありがとうございました」


「沙也?」


するりと彼の指から髪を引き離し、勢いよく後部座席のドアを開ける。

彼の目を避けて一礼し、振り返らず会社に向かって歩き出した。
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