甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
「――沙也」


私に気づいた彼が、フッと柔らかな眼差しを向ける。

近寄りがたかった雰囲気が一気に崩れ、優しい低音が耳をくすぐる。

周囲の突き刺さるような視線が痛い。


……なんでそんな目で私を見るの?


胸に湧き上がる疑問を口に出せない。


「お疲れ様、沙也」


「郁さん、お疲れ様。迎えにきてくれてありがとう。あの、この車って……」


運転席を見るが関さんの姿がない。

車に疎い私でも知っている高級外車は、今朝の社用車ではない。


「俺の私物だ。今からは完全にプライベートだからな」


「運転、するの?」


「もちろん」


意外か?と白い歯を見せて問う姿に心がざわめく。


助手席に乗るように促され、向かった先はなんと都内にある響谷系列の百貨店だった。


「プライベートなのに、なんで?」


「お前の好みを知りたいし、時間の都合もあるからな。沙也は時間延長とか特別扱いは嫌がるだろ? ここなら多くのテナントが入っているし多少の移動で様々な商品を選べる」


もっともらしい答えにうなずくしかなかった。


「でも、ここじゃ相当人目につくんじゃ……」


「ああ、願ったり叶ったりだな」


車を地下駐車場に鮮やかな手つきで駐車した彼が、あっさり口にする。


「沙也は堂々と俺の隣を歩けばいい」


降車して、ニッと口角を上げるこの人の考えがよくわからず混乱する。


本気なの?


困惑する私を尻目に、彼はさっさと私の左手に自身の右手の指を絡め歩き出す。

目立ちすぎる気がして、指を離そうとする度にきつく絡みなおされる。


「……離すと思うか?」


絡めた手を持ち上げ、エレベーターの中で私の指先にキスを落とすこの人は、絶対に確信犯だ。
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