甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
「失礼いたします。お着替えのお手伝いに参りました、谷尾(たにお)と申します」


私より幾分年上に見える女性がやって来た。

品の良い黒のパンツスーツとリボンバレッタできちんとひとつにまとめられた長い髪には清潔感が漂う。


「あの……」


「大丈夫、沙也。俺はここで待ってるから彼女に手伝ってもらって」


戸惑う私に、ソファに腰を下ろした郁さんの落ち着いた声が届く。


「どうぞ、こちらです」


部屋の奥には広めの試着室があった。

ハンガーなどを取り外し、試着しやすい状態で谷尾さんがどんどん渡してくれる。


「副社長が当社で女性の服を選ばれるのも、買いものをともになさるのも初めてなんですよ」


私の緊張と戸惑いを感じ取ったのか、着替えの合間に谷尾さんが朗らかに話してくれる。

谷尾さんは秘書室所属だそうで、以前は百貨店の外商部に勤務していたらしい。


「え……」


「今夜大事な方をお連れになると極秘で伺っておりまして、とても楽しみにしておりました。お会いできて光栄ですわ。なにより副社長があれほど優しい目をなさっているのは初めてです。本当に大切に想われているのが伝わってきます」


谷尾さんの説明に嬉しいような、それでいて戸惑うような気持ちがこみ上げる。


「やはりこちらがお似合いですね」


話しながらも手をきっちり動かす彼女は、きっと有能なのだろう。

私の意見を聞きつつ、似合うものを瞬時に選択してくれる。
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