甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
「テーブル席をすぐご用意しますね」


「いえ、いつものカウンター席で大丈夫です」


いくつかのテーブル席にはカップが置かれていた。

ひとりで来店するのがほとんどの私は、いつも大きな窓際近くのカウンター席に座る。

そこからは往来を行く人々が見え、なおかつ店内の人目にあまり触れないので気に入っている。

ひとり客が多いこの店では、そういった配慮がされているのだろう。

いつも居心地よく過ごせている。


匠眞と食事などの待ち合わせをする際にも、よくこの店を利用していた。

彼は残業が多く、約束の時間に遅れる日が多かった。

彼を待つ間、ここでよく本を読んでいた。

小さい頃から読書が好きで、バッグにはいつも一冊は文庫本を入れている。

匠眞は本そのものがあまり好きではなく、書店に寄ろうとするとよく難色を示された。

なので私は彼の前で本の話は極力避けていた。


「あの、もしかして今日は貸し切りかなにかだったのでは……」


元彼氏の面影を振り払うべく風間さんに尋ねた。

この店は私のように常連客が多い。

通い始めて一年近く経つが、これほど閑散としたのを見た記憶がない。


「今日は従業員研修日なんですよ」


「申し訳ありません。私、すぐに帰ります」


慌てて謝罪し、扉に向かおうとすると焦ったような風間さんの声が聞こえた。


「待ってください。研修はもうほぼ終わりなので大丈夫です。顔色もまだ悪いですし、なにより倉戸さんを帰したなんて知られたら俺がオーナーに怒られます」


どうりで客がいないわけだ。

きっと扉にも休業の表示がされていたんだろう。

どれだけ自分にいっぱいいっぱいになっていたのかと情けなくなる。
< 23 / 190 >

この作品をシェア

pagetop