甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
「保くん、さっき郁の声が聞こえた気がしたんだけど……」


カツンとヒールの音がして、細身のスーツ姿の女性が現れた。

風間さんが一瞬困ったような表情を浮かべる。


「やっぱり! 郁、会えてよかったわ」


綺麗に口紅が塗られた口元を綻ばせて、女性が嬉しそうな声をあげる。

背中半分くらいの長さの黒髪は綺麗に巻かれている。

幅広の二重の目に、完璧に整えられた眉が印象的なとても綺麗な女性だ。


「悪いが今取り込んでいる」


「どうしたの? ……あら、お客様?」


一瞬、なぜか鋭い視線を向けられた気がした。


「いえ、私はもう帰りますので……お忙しいところお邪魔して申し訳ありません。失礼します」


「あら、そうなの?」


女性の視線から逃れるように手早くバッグを掴み、立ち上がる。

頭を下げて、響谷副社長の隣を急いですり抜ける。


「沙也、まだ答えを聞いてない」


「今日は先日のお礼に伺っただけです」


視線を合わさず簡潔に答え、レジにいる店員に軽く会釈をして足早に店を出る。

きちんとしたお礼になっていない気がするが、あの状況で響谷副社長と会話するのは無理だ。

なぜ急に不機嫌になったのかもわからない。

一体あの女性は誰なのか。

彼を名前で呼び捨てるなんて、きっと深い付き合いがあるのだろう。

考えた途端にどうしてか心の奥がもやもやした。


「……私には関係ないわ」


思わず声が漏れた。

女性関係を気にするなんてどうかしてる。

あれほど美人で親し気な女性が身近にいるのなら、その人と結婚すればいいのに。

やはり私はからかわれたのだろう。

< 42 / 190 >

この作品をシェア

pagetop