甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
「……ありがとう」


「お前らしい部屋だったな」


「え?」


「雰囲気や香りがな」


短い感想の返事を逡巡しながら関さんの待つ車に乗り込み、そのまま区役所に向かった。

延長窓口の今日、私たちの婚姻届は正式に受理された。

機械的な書類手続きだと思っていたが、実際に自分の立場になるとなんとも表現しがたい気持ちがこみ上げる。


「おめでとうございます」


区役所の職員の方が祝福の言葉を贈ってくださった。

さらに窓口終了時間が差し迫っていてほかに手続きを待つ人もいなかったため、別の職員の方がスマートフォンで私たちの記念撮影をしてくださった。


「ありがとうございます」


彼の穏やかな声を耳にして、慌ててお礼を告げる。


私、本当に結婚したんだ……。


「これからよろしく、奥さん」


郁さんがそっと私の腰に腕を回し、耳元で囁く。

甘い声に、まるで本気でこの人に望まれて結婚したような錯覚に陥りそうになる。

そんなわけはないのに、私がこの人の心を占める存在になんてなりえないのに。

自分で自分に言い聞かせた途端、なぜか胸の奥がズキズキ痛んだ。

区役所の駐車場で待機していた関さんにもお祝いの言葉をもらい、その後彼の自宅に向かう。

このときも再び指を絡められ、高めの体温が鼓動を乱す。

落ち着こう、と無理やり車窓に目を向けるが一向に効果がなかった。
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