甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
「沙也?」


声を発しない私を訝しんだのか、腕をほどいた彼が私を振り向かせる。

動揺と混乱で熱く火照る頬を隠すべく下を向くと、顎に郁さんの長い指が伸びる。

長いまつ毛に縁取られた目には、抗いがたい色香が滲んでいた。

顔を軽く傾けた彼が、ゆっくりと私の唇に触れた。

まるでなにかを確かめるかのように、優しくそっと啄まれて心が震える。

何度も繰り返されるキスに頭の中がぼうっとする。


「……今すぐ抱きたくなる」


ほんの少し唇を離した彼が、耳元で囁く甘い声に背筋が痺れた。

耳に小さなキスを落とし、首筋を甘噛みした彼が声を発する。


「このままだと歯止めがきかなくなりそうだから沙也の部屋に案内する」


「は……い」


正直、すでに立っているだけで精一杯の私は小声で返事をする。

郁さんの放つ色気に今にものみ込まれそうだ。

なぜ契約じみた結婚相手をこんな風に誘惑しようとするのかわからない。

……後継ぎをつくるために必要なのだろうか。

ううん、それ以前にこんな魅惑的な人の相手が私で務まるのだろうか。

郁さんの後継者を身ごもる相手は本当に私でいいのか、どうしても自信がもてない。
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