愛しのフェイクディスタンス
雅人は嫌味ったらしい優奈の言葉には特に反応せず「そんなことよりも」と、何やらため息交じりに切なそうな声を出す。
何が”そんなこと”だ。優奈にとって才能溢れる雅人はいつも憧れで誇りで、大好きで……それでいて悩みの種だったのに。
「優奈……お前どうして敬語なんだ?」
「だって目上の人ですし」
「俺とお前で目上も何もあるか。いつもまーくんて呼んでくれてただろ、いや、優奈もいい歳になったんだから仕方ないのか……それにしても」
優奈は頭を抱えながら項垂れる雅人を横目にコートを羽織った。
いくら春先といえどまだ冷えるから。
「じゃあ帰ります。お詫びはまた後日……でも構いませんか」
「だから……詫びだとかそんなものはいらない。かわりに連絡先を教えておいてくれ」
「え……」
瞬間的に嫌だとも思ったが、それもそうだ。
連絡先も知らずどうやってお金を返すのだ。明らかに大きな借りだけ残して逃げるのは、自分自身許せないし納得できない。
だからといって今の優奈の財力で全てを返せるわけでもない。
優奈は渋々頷いてスマホを取り出した。
メッセージアプリのIDを交換すると、優奈のスマホの画面には”高遠雅人”の文字が、シンプルな初期アイコンと共に表示されている。
反射的に固く唇を結んだ。
だって、その無頓着さが昔と変わらず雅人らしくて、何だか泣きたい気持ちになったから。
「じゃあ行こうか」
「え? どこにですか?」
このまま帰る流れで話が進んでいるのかと思いきや。
「どこにって、帰るんだろう? 心配だからこのままここに置いておきたいけど……優奈は言い出したら聞かないからな」