愛しのフェイクディスタンス


「ごめん、うざくないよ。それに、奥村さんは彼女ができそうなの。その決起大会だったのね、今日は」

 目を見開いた後、雅人は「またやられたな」と、柔らかく癖のある前髪をくしゃりと掴む。

「ね、私の方からはね。この間撮られてたモデル、なあに?」

 答えはマキに聞いて知っているけれど、優奈はこれがやめられない。だって、優奈だけの特権だから。

「マキから聞いてないか? あいつも一緒だった、取引先のパーティーでたまたま……」

 ふんっと横を向けば「優奈、聞いてくれ」なんて、焦った声でうなだれる。
 想いが通じ合った頃だ。雅人はまるで悪いことのように言った、優奈の感情をコントロールして支配することに安堵していたと。
 今ならば理解できる。
 優奈も悪い大人の仲間入りなのだろうか。

「ふふ、ごめん。知ってるよ! 今日はちょっと仕事疲れたから。社長に八つ当たりしてただけ。ごめんね」
「〜〜優奈……っ」

 勘弁してくれと、雅人はフラフラと崩れるようにソファーに座り込んだ。

「ねえ、やっぱね、ハワイがいいかも」
「え?」

 それどころではない様子。何の話だ? と、疲れ切った顔の雅人が不思議そうに優奈を見る。

「バリ島、シンガポール、ヨーロッパ……高遠のパパがモタモタしてたら勝手に決めるぞってうるさいよ」
「ああ、あのクソ親父」

 悪態をつく雅人に、自然と優奈は口元がニヤける。いつからか"あの男"が"クソ親父"に変化したことを、本人は自覚しているのだろうか。

「優奈の両親は国内がいいと言っていただろう?」
「ねー、私はどっちでもいいんだけど」

 そう答えた優奈を、どこか不服そうに見て、雅人は優奈の手を引き、膝の上に座らせた。
 どうやら雅人は、この抱っこスタイルがお好きらしい。

「どうしたの、まーくん」
「どっちでもいい……、のは、どうでもいいということか?」
「わー、なんでたまにマイナス思考爆発させるの、まーくんて」

 おとなしく抱っこされながら、よしよしと雅人の頭を撫でると。不服そうな表情は更にわかりやすいものに変化して行く。
 不機嫌まっしぐら。
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