愛しのフェイクディスタンス
雅人の父は大手ゼネコンの設計部に所属した後、アート系事務所である高遠一級建築設計事務所を設立した一級建築士だ。
才能は確かであの男が手がけるデザインは、奇抜だ最先端だ、などと謳われいくつものデザイン賞を受賞し、賛否あれどすぐにその名は知れ渡ることとなった。
住宅のみならず、デザイン重視の有名私立高校の建て替えや劇場など多くのクライアントを抱えたが、それを母体とし組織系に広げることもなく自由に活躍をした。
しかし、自由と言えば聞こえがいいが雅人から言わせればどこまでも身勝手な男で。
外で女を作る、酒に溺れる、家庭をかえりみない。そんな男の一番の被害者は、母。
雅人の母は、早くに両親を亡くし、父以外に頼る場所がない人だった。
母が父に向けた感情がどれ程のものだったのかは、わからない。
わからないが、雅人を想い己を殺す人生を選択したことは確かだ。
まだ幼い頃、夜中に泣きながら誰かと電話をしているのを聞いたことがある。
『別れられないわ。だって私一人の力じゃ今以上の暮らしをさせてあげられない』
母の選択した人生。
だが、冷え切った家庭の土台など無いに等しく、崩れていくことなど容易かった。
事務所近くに父が購入していたマンションとは別に、雅人の教育の為と言い高校入学と同時、他の土地に家を建てたのだが。
そこに、父はほとんど立ち寄らなかった。
心の荒んだ母と雅人との生活。
結婚とは何か、家庭とは何か。不幸になるためのそれに意味はあるのか。
大切な母親の心を蝕む自分に存在価値はあるのか。
この世に自分の価値を見出せずにいた、そんな頃だった。