愛しのフェイクディスタンス


***

 無意識に押さえた胸元で、音が鳴った。
 雅人のスマートフォンだ。

「……はい」
『ああ、雅人か。悪いな、電話気付かなくて』

 着信の相手は琥太郎だった。坂下琥太郎(さかした こたろう)。
 大学時代からの友人であり悪友であり、在学中、共に起業した戦友でもある。

「いや、いい。それより、お前調査事務所にツテがあったな」
『おー、何だよ仕事?』
「いや個人的に少し調べたいんだ、あまり根掘り葉掘り聞くと怒らせてしまいそうだから。後で詳細を送る」
『……どんな相手よ、お前にそれ言わせるってよ。まあいいわ、了解』

 深く聞いてこない琥太郎の程よい距離感には昔から助けられている。

 通話を終え、優奈が走り去った方向へと、もう一度視線を向けた。
 車だと二十分程度の距離。こんなに近くに優奈がいたなんて。

(いや、その気になれば調べられたんだ、こうやって今みたいに。なのにしなかった)

 優奈は元気にしているんだと、未来のない自分より優奈を幸せにしてくれる男と過ごしているんだと言い聞かせて。そして、その姿を見る勇気はとうとう持てないで。

(肝心な時に状況を把握できていないなんて……何をしてるんだ)

 もう優奈だっていい大人だ。何もかもを実家の両親に話しているわけではない。『何も言わないけど、もう何年か働いてるしうまくやってるんじゃないかしらね。彼氏もいるみたいだし』と。
 
 それはそうだ。連絡は取っていて元気そうにしているならば、そう思うだろう。

 しかし、仲の良い母親に対して与える情報の少なさ。
 それをもっと気をかけるべきだったと、今更ながらに雅人は後悔した。

 優奈は基本的に裏表なく隠し事をしない、無邪気で朗らかな女だ。
 その上、情報源は本人ではなかったのだから。
 
 そう、優奈本人とは"あの日"から、まともに顔を合わせていなかった。恐らく避けられていたのだろうし、雅人もまた、無意識ながらにそうだったのだろう。

(……くそ、優奈がそうするのは当たり前だ! だけど俺はどうだ?)

 苛立ち、揺れを感じる強さで雅人は強く車の窓枠に拳を打ち付けた。手に残る優奈のぬくもりを掻き消すように。

 気持ちを受け取れない代わりに、心から願っていたというのに。優奈の幸せを。


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