愛しのフェイクディスタンス


「本当に男がいたんだな……いや、わかってた。優奈は可愛いんだ、当たり前なんだが……」

 何故か盛大にため息をつき頭を抱えてしまった。
 端にまとめてある、元恋人の私物を発見したようで。

「そりゃこの歳ですから」

 もう別れたけど、とは悔しくて付け加えなかったけれど。
 なんて、優奈が自嘲していたなら雅人が突如、声を荒げた。

「こんな状態の優奈がいながら浮気、あげく荷物も取りに来ないのか……!」
「……ちょ、ちょっと大きな声出さないで。あなたの家と違ってここは壁が薄いの、よく響くんです」
「あ、ああ。……ごめん」

 しゅん、と項垂れた雅人を横目に、こんなふうに優奈に怒られる下を向く雅人を新鮮に思う。
 いつだって、追いつけない大人の男の人だったから。

「この間に引き続き、助けていただいてありがとうございました、それで、あの。連絡が遅くなってしまってごめんなさい。仕事が落ち着いたらって思ってたんですが」
「そうなのか! 何かあったか?」

 嬉しそうに顔を輝かせた雅人に、少し胸が痛む。

「いえ、お金をやっぱり返したくて。高遠さんには微々たるものかもしれないかど」

 給料日まではまだ一週間ほどあるが、さすがに銀行の残高に数万円程度なら残っていた。
 優奈は、床に置いてたバッグから封筒を取り出す。
 借りの二万円と、それだけでは足りないだろうからプラスして数万円が入っているものだ。
 差し出すと、無言のまま。もちろん受け取ってもくれない。

「高遠さん?」
「………………」
「あの」
「誰だ、それは」

 何を言っているのだろう。優奈は首を傾げた。
 目の前のあなたでしょうと、もう一度呼ぶ。

「高遠さん」
「優奈の声でそんな呼ばれ方をしたら誰のことだかわからない」
「……ちょっと」
「………………」

 埒があかない。しかし、返したい。受け取ってもらいたい。そしてこの望まぬ再会に終止符を打ちたい。

「雅人さん」
「……違うな」

 少し近づいたのか、返事があったがまだダメなよう。

 優奈は天秤にかける。
 もう二度と口にしたくなかった呼び名か、不毛に続く兄妹ごっこか。

(選ぶは前者!!)

 女は度胸だ。

「まーくん、お金返したいんだって、受け取ってください!」

 声と同時、大きな身体が優奈を包み込んで視界を奪った。固いスーツの感触と、ムスクの香り。

「七十点だな、少し敬語が残ってる」
「……だから、いちいち抱き締めてたらいつか刺されますよ」
「言っただろう、優奈になら構わない」
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