愛しのフェイクディスタンス


 やっと体を離してくれたかと思えば、今度はそのまま優奈のベッドに座った雅人。
 彼のベッドに比べれば小さくてマットレスも固い。気になってしまうのは、卑屈なのか。

「そんなことより優奈、聞きたいことがあって今日は来たんだ」

 結局お金は受け取ってくれないまま、彼は話題を変えた。
 
「……何ですか」

 大人しく会話に応じなければ終わらないだろう。見上げてくる瞳から圧を感じる。

「勝手をして悪かった。優奈の勤務先のことや、他にも少し……少しだけな、調べさせてもらった」
「は?」

(待って、そういえば……さっき、浮気されたこととか何で知って)

 優奈は詳しい身の上話など雅人にしていない。
 浮気されていたことは母親にも話していない。
 ならば、調べた、とは。そういうことか。

「それについては、これからどんな形でもいい、お前が納得するまで謝罪する。だから教えてくれ、優奈の言葉で」
「何を」
「お前が職場で何を思っているかだ」

 何を思っている?
 雅人の聞き方は酷くアバウトだ。

「質問の……意味がわからない」

 声を低くした優奈に対し、今度は謝罪の言葉などなく。
 脚を組み直した雅人が、一字一句ゆっくりと言い聞かせるよう、声にした。
 
「そうか。悪い、言い方を変える。お前への不当な扱いをどう考えているんだ」

 この人は何を言っているんだろう。優奈は雅人の言葉を理解できずに黙り込んだ。
 すると返事を待たず、雅人が続ける。

「仕事を変えたらどうだ?」
「は? どうして」
「優奈の能力に対して対価を支払っていないし、扱いも不当すぎる」
「……な、にを、知ってそんなこと言うの?」
「優奈をこんな状態にした環境下に置いておけないだろう」

 もの言わさぬ迫力。しかしそれに怖気付くよりも、深く。優奈の中で怒りが込み上げてきた。

「関係ないでしょ……。こんな状態って言うけど、私が自分で選んで働いてるんだから」

 言うと、雅人はジッと優奈を見つめて、その奥の心の中をも見抜こうとしているように視線を逸らしてはくれない。
 
 凛々しく力強い雅人の瞳は、昔から他を魅了して離さないもの。今もまだ、変わらないのか。
 立ったままの優奈。その強張る手を握り、小さく息を吐いた後、雅人はハッキリと言った。

「優奈。俺の会社に来ないか? 事務系の増員を考えていたし、事務が嫌なら他にもお前が働きやすい職種を考えるから」
「いい加減にしてよ」
「……頼む、お前のことが心配なんだ」

 どちらかと言えば寒気がしていた身体が、熱を持ち始めた。

「心配心配って何なの!?」

 思わず大きな声を出してしまった優奈、それを見る雅人の瞳が見開かれる。

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