愛しのフェイクディスタンス


 
 何より心も身体も限界だったのは本当だ。
 雅人の代替え品と言ってしまえば聞こえが悪いが、きっと本音を探ればそうだったろう。別れた恋人に救われていた部分があったのも事実だ。
 
 最低。
 情けない。
 悔しい。

 雅人は、こんな優奈を見逃してはくれない。
 全てが重なり合わず惨めに散らばる心を、見透かし、そして離さないから。

 ついに、震える喉から声を絞り出した。

「…………め、たいよぉ」
「ん?」

 雅人が優奈の口元を撫でた。壊れ物を扱うような優しい手つき。優奈はこの手を嫌と言うほど知っている。熱が出てしんどくて、でも両親は仕事でいなくて。
 まだ幼く、心細い優奈を何度も安心させた偉大な手。

「やめ、辞めたいよ、あんな会社……やだ、社長も奥さんもあのボンクラ娘も嫌だ、やだやだやだ!」
「ああ、そうだな」
「……やだぁっ、う、うぅ、っく」

 涙を堪えてると、喉が詰まったみたいに苦しい。

「優奈、俺の前で泣くのを我慢しちゃダメだろ。お前が負けず嫌いなのも、必死に頑張ってきたのもわかってる。わかってるから、今は力を抜くんだ」

 雅人の声を耳に、優奈の涙腺はついに崩壊する。

 さっき拭われた一筋の涙など、可愛いもので。
 わんわんと子供のように泣き喚いて、『子供じゃない』なんて。
 どの口が言ったんだと突っ込みたくなるほどに泣いて。
 何も言わずに、そんな優奈の頭を撫で続ける雅人の暖かさに救われていく荒んだ心。

 声が枯れて、涙も枯れて。

「優奈、さっき空を見上げてただろう」

 襲いかかる眠気わ薄れていく視界で。

「今も変わらないな。優奈はいつもそうだった」

 慈しむような、暖かい声。

「"だって、何も見えないから"って言った、お前のこと。俺は今も一番尊敬してるんだ……忘れないでいてくれ」

 聞こえた気がしたけれど、その言葉の真意を探るよりも前に考える力は睡魔によって奪われてしまった。

 
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