愛しのフェイクディスタンス
「あの、ご、ごめんね、仕事って言ってたのに余計な話で時間……。あ、違うそもそも私が仕事辞めるの頼ったから」
「大丈夫だ。優奈のせいじゃないだろ。それに余計な話なんて何もしてないぞ」
優奈の柔らかい髪を堪能するようにして頭を撫でながら返すと、琥太郎は大袈裟な笑い声をゲラゲラと響かせる。
そして、雅人を挟んで立つ優奈の方へ近づき少し屈んでから目線を合わせ、笑顔を向け言った。
「優奈ちゃん、初めまして! 俺、坂下琥太郎。もうすぐ一緒に働けるな」
「おい、いきなり馴れ馴れしいだろ」
琥太郎に声をかけられビクッと肩を揺らした優奈。遠慮がちに息を吸い込み、吐き出してからゆっくりと頭を下げる。
「ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。瀬戸優奈です。よろしくお願いします」
「え、いやいや〜。こいつが勝手にやってるんじゃん? やだよねぇ過保護」
さすが、仕事絡みでの女の扱いは任せておけば間違いがない琥太郎。優奈を安心させるように雅人を下げて笑い飛ばす。
(まあ、この場に出て来たんならこれくらい役に立て)
馴れ馴れしさが少々気に食わないが黙って二人の会話を見守ることにする。やがて、琥太郎の前でペコペコと何度も謝り続けていた優奈がその顔を上げて。
そしてそのまま視線を雅人へと動かし、見上げてきた。
「まーくん、引き止めてごめんなさい。私はこのままここで待たせてもらってたらいい?」
先ほどまでのテンションの高さは、わかりやすくシュンと萎んでしまって。心配そうに見上げてくる瞳が昔と変わらない。
雅人は優奈の、この目が昔から好きだ。
雅人の口から出てくる言葉を今か今かと待ち続ける時の、期待と不安。優奈が次の瞬間心に抱く感情を支配しているかのような感覚に何度酔いしれたことだろう。
(まあ、今の優奈はどうなのか……わからないけどな)
優奈が放った、数年ぶりの"まーくんが好き"。
受け止めて、抱き締めてやれたのはいつまでだったのか。
もう思い出せもしない。それがどういうことか。
(自分がヤバいやつなんだろなって自覚は、まあわりと最初からあったんだ)