愛しのフェイクディスタンス



***




「やー、お前さぁいいの?」

 優奈を残し、車へ向かう途中唐突に琥太郎が言った。

「あ?」
「なぁにが、その気にならないぞ。だよ。いやいや、疲れて帰ってよ、あんな可愛い子が家にいたら無理じゃね? 俺ならそっこーで抱くけど」
「地獄耳か」

 文句をつけたが、牽制の意を込めて聞かせたのだから当たり前だ。
 琥太郎はいい友人だが、優奈にとっての”いい男”にはならない。

「……お前、脳内で不埒に妄想した優奈をすぐに忘れろ」
「怖……、つーか俺お前の女にガッつくほど困ってねぇから」
「誰が俺の女だ、そんなものと同じにするな。いいか? あいつを軽々しく話題にするなよ。次は殺してやる」
「やだぁ、怖い、まーくん」
「気持ちの悪い呼び方をするな」

 琥太郎のおもちゃになってる場合ではない。
 雅人は琥太郎が運転して来た社用車へと乗り込んだ。
 そのまま深く座り座席のシートを倒す。緩めていたネクタイを締め直していると。

「なんつーか、歴史が根深そうだけどよ。あんなに調べ尽くしてどーゆうつもり」
「……は?」
「いや、聞きゃ素直に答えてくれそうじゃん」
「優奈と話す前に、どう行動するか考えたかったんだ」

(の、わりに、冷静じゃなかったけどな)

「んで、どーしたいわけ?」

 琥太郎がエンジンをかけつつ、雅人へと投げかけた疑問。
 何も答えなかったら答えなかったで、面白おかしく話題にされるのならそっちの方が気分が悪い。そう判断した雅人は、正直に、しかし深くは言葉にせずに返す。

「見ないフリして後悔するんなら我慢比べで勝ってやろうと思ってるだけだ」
「何だそりゃ」
「優奈に害のない確かな男、それとなく近づけるかな……言っておくがお前はないぞ」

 自分が発した言葉が、首をギリギリと締め付けていくのがわかる。わかったところで、価値観を変えることなど今更できはしないのに。

「へー、見物しといてやるよ」

 そう言って鼻で笑った琥太郎がようやく車を発進させ、空高くにある太陽の光がこれでもかと雅人を照らす。

 眩く焦がれても、決して手の届かないもの。
 触れることのできないもの。
 優奈こそが、そうであればよかったのに。

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