愛しのフェイクディスタンス



 玄関先で通話を終えたのか、メールでも送っていたのか。
 スマホを片手に気怠そうに前髪をくしゃりと掻き上げる姿。

 疲れてるのだろうに不謹慎にもただならぬ色気に当てられ、しかもその口から”優奈”なんて名前を呼ばれてしまって。

 ドク、ドクと心臓が大きく悲鳴を上げる。
 こんなことでは、雅人に女をアピールする前に死んでしまう。

 危機を感じた優奈は雅人からそれとなく視線を外して、余裕ぶった声を必死に演出する。
 
「あ、当たり前だよ。まだそんなに遅い時間じゃないよ」
「そうだけど、つい最近倒れたばかりなんだから無理をするなって言っただろう」

 眉をひそめた雅人だったが。
 特にそれ以上何も言わず、ただ優奈の頭を撫でた。
 ”お待たせ”とでもいうような手つきは、やはり疑いようもなく”妹”扱いだ。

「何か食べてた? いい匂いがしてるな」

 ダークブラウンの革靴を脱いで、大理石の玄関からフラットに続く廊下を優奈の肩を抱き寄せるようにして進む雅人。

(こ、この触り方はどうかと思うなぁ? 期待しちゃうなぁ?)

 とは思っても口に出来ないでいる間にリビングに行き着いた。
 
 キッチン、ダイニング、そしてここリビングは仕切り無く見渡せてしまうので。
 もちろん雅人の目には優奈が荒らしたキッチンの姿が見えてしまっている。

 ここで、『何をこんなに散らかしてるんだ』とか怒ってくれたなら優奈としては大変有り難いのだけれど、雅人は何も言わず荒れ果てたキッチンを凝視している。

「あー、あはは。まーくんにサンドウィッチ作ったんだけど……ごめん。思ったより悪戦苦闘して片付けが終わって無くて」
「……いや、それは構わないんだけど」

 そう言いながらも、それ以上に何も話してはくれない。

「勝手に使ってごめんなさい」
「それも構わないよ。優奈だてここで暮らすんだから好きに使っていいんだよ」
「……うん」

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