愛しのフェイクディスタンス
「え? 何? なんか会社で連絡先どうのこうののルールでもあるの?」
「あるわけないだろう」
前髪を掻き上げて、深く息を吐く雅人。
しかし、次の瞬間には柔らかな表情に戻されている。
「……仕事は、無理なくやっていけそうか? 優奈」
「えー」
思わず目を泳がせた。
「どうした?」
雅人がソファに向かい歩きだしたので優奈もその後を急ぐ。
「私から見るとみーんなデキる人って感じで……ちょっとビビっちゃってるんだけど頑張るよ」
「なんだ、そんなことか」
「そんなことじゃないよ」
ほおを膨らませた優奈を見て、笑顔を作った雅人はソファに座り、優奈の手を引く。雅人の触れた場所に体温が集中しているようで。
ドキドキと鼓動が早くなるのを感じながら、優奈はその隣へと腰掛けた。
「優奈は大丈夫だよ。これまでの環境の方が過酷だ」
「そんなんじゃなくってさ、ほら、奥村さんだって凄い人なんでしょ。そんな人の隣に初日から置かれて、平凡だったらあいつ何なのってなるじゃん。頑張らなきゃ……」
言いながら優奈が膝を抱えて顔を埋めると、再び雅人は優奈の髪を撫でた。
「マキがうるさいからな……、あまり表立って優奈の味方ができないけど。俺がいるから大丈夫だ」
甘やかされているばかりで、スタート地点から動き出せていない。
「うん。頑張るから、まーくんも私を好きになるように頑張ってね」
ここぞと言ってみたけれど「無理やりだな」と、笑い飛ばされて終わってしまう。
「俺は風呂入るから、お前はもう寝るんだ」
言い捨ててその場を離れてしまった。
甘い空気のカケラも生まれて来ないときた。
(なんのなんの、これから)
これしきでめげる覚悟の初恋アゲインではない。
恋も仕事も。
新しい生活は、これからなのだ。