愛しのフェイクディスタンス
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食事を終えゆっくりと並んで歩きながら、駅を目指す。その途中。
「あ、そうだ」と何かを思い出したように奥村は口を開いて隣を歩く優奈を見下ろす。
「ちなみに。俺はいい人じゃないよ、瀬戸さん」
唐突な言葉かと思ったが、すぐに店内での会話の続きなのだと気がついた。
だから、そのまま言葉の続きを待ってみる。
「いくら高遠さんやマキさんに頼まれても、職場を離れて、部下を励ます為だけに俺は時間を使える程優しくないんだ」
「え?」
何やら含みのある言い方だ。
何と言葉を返そうか。悩む優奈の耳へと次に聞こえてきたもの。
「初めて会った時からずっと、君のことが気になってたんだ。また会えて本当に嬉しかった」
衝撃すぎて、思わず歩みを止めてしまう。
声など出ない。
ただ、優奈に合わせて立ち止まりこちらを振り返る奥村を見つめ返すことしかできない。
「立場上、言わない方が正解なんだけど。相手が高遠さんだと、ほら。伝えて意識してもらわないと君の視界にも入らないだろうから」
ゆっくりと、丁寧に、優奈へ語りかける。
「俺にはあの人に勝てる部分が何一つない、今は。でも君を好きだと思ってる」
真っ直ぐな目と、言葉に、怯んでしまう。
「あ、私……は」
「ごめんね、もっともらしい口実で連れ出して。俺の下心につきあわせた」
"私は高遠さんが好きなんです"
そう返したくて口を開きかけたのに。
それなのに飲み込んだ。
なぜだか言葉が喉の奥に張り付くようで。
「瀬戸さんの気持ちはわかってるよ。ただ俺がいることも知っておいて欲しいだけ、今はね」
答えを求めない奥村が「さ、行こうか」と、優奈の手を取り、そしてすぐに離す。
少し前を行く奥村にどんな視線を向ければいいのかわからない。
優奈は漠然とした靄が心臓を覆っていくような、そんな違和感を覚えた。
切なくて、苦しくて、下を向きたくなってしまう。
――これは何だろう?
自分に問いかけるけれど、優奈は咄嗟に思ってしまった。
答えなんて見つけ出してはダメだよ、と。