愛しのフェイクディスタンス






***



「優奈!?」

 帰宅すると、出張に行ったはずの雅人の姿があった。

「あれ、まーくん……なんでいるの? 出張だって」
「あ、ああ。いや、先方の都合で延期になったんだ。仕事には出る予定なんだが、荷物を取りに戻ってた」

 だったら教えてくれたなら、今日は行かなかったのに。
 そう言葉にしそうになって飲み込んだ。
 週末を挟んでの出張だったので優奈の仕事に影響はないし、プライベートならばそれこそ詮索する権利はない。

「お前は、早いな。今日は奥村と出掛けたんじゃなかったのか」
「……なんで知ってるの?」

 不審に思う感情が漏れ出ていたのか、雅人はバツが悪そうに優奈から視線を逸らす。

「……奥村は、いい男だろう」
「え? 何突然」
「優奈には、非の打ち所がない男の元に行ってもらいたかったし。あいつなら俺も安心できる」

 優奈は雅人の言葉に愕然とした後。そうか、と唇を噛んだ。
 握りしめた拳。手のひらに爪が食い込んでいく。

「やたら高遠さんって名前出すと思ったんだ」
「何がだ?」
「私、奥村さんに好きって言われた」

 雅人の肩が揺れて、眉を顰める。
 しかし何か言いたげな口は、すぐに真っ直ぐに閉じられ小さく息を吐いた。

「おかしいんだもん、私を好きとか。まーくんが、言わせたの? 私がいつまでも居座るから? しつこいから? そんなの奥村さんに失礼だよ」

 ……悲しみよりも、虚しさ。
 そして、怒りよりも悔しさ。

「そんなことをさせるわけがないだろう、お前らしくないことを言うな、優奈」
「私は、まーくんが好きなんだよ」

 優奈が一歩近づくと、案の定、雅人はその一歩分遠ざかる。

「知ってるよね?」
「……ああ、知ってるよ。ありがとう」

 大きな手が包み込むように頭を撫でる。

 けれど、雅人の暖かさが、今日は悲しい。
 ありがとうだなんて言いながら、他の男の元に行けと。
 
 残酷だ。



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