イノセント・ハンド
警察の車を借用して、紗夜と二人で出かけた休暇の帰り。

取調室の隣室に忘れた携帯を取りに、署へ顔を出した富士本。

マジックミラーの向こうでは、一人の浮浪者が取調べを受けていた。

『証拠は揃ってんだ!黙ってねぇでさっさと吐け!!』

男は刑事の怒鳴り声に完全に萎縮し、うつむいたまま震えていた。

少々精神を病んでいる様でもあった。

『山さん、あんな弱弱しい男が、何を?』

大先輩の古山刑事にきいた。

『今夜公園で男が殺された事件さ。あいつが被害者の財布を持っていた。衣服に付いていた血も、被害者と一致したってわけ。』

『もの取り殺人・・・ですか。普通、浮浪者として生きる人たちは、そんな大それたことはやりませんがね。』

『ああ、だが、こう証拠がそろっちゃ仕方ない。』

『現行犯ですか?』

『いいや、『死ね!』と言った怒鳴り声に通報があり、たまたま近くを見回っていた警官が駆けつける途中、逃げるこいつに出くわしたってことだ。』

『あっちゃ~、人生といい、とことん運のないやつ・・・ん?紗夜?どうしたんだ?』

いつの間にかガラスに手を当て、じっと男を見ていた紗夜。


その頬には涙が流れていた。

『ど・・・どうしたんだ?紗夜。何を泣いてるんだ?』

その時、見えていないはずの男と、見えていないはずの紗夜の目が合った。

紗夜がつぶやく。

『何で、なんであの人をいじめるの?』

『えっ?』

唐突な問いに戸惑う富士本。

『あの人はとても優しいよ。あの人は、病気の友達のために薬が欲しかっただけだよ。』

『紗夜・・・。どうしてそんな。山さん?』

『あ・・・ああ、確かに彼の寝ぐらの隣には、病気の爺さんがいたが・・・』

戸惑う古山。

『なぜ、そんなことが分かるんだね?紗夜ちゃん。』

『あの人が教えてくれたもの。』

マジックミラーの向こうの男を指差す紗夜。

『そんな・・・ばかな?』

盲目の者の一部は、常人とは違う聴覚や感覚を持つという。

富士本は、そんな話を聞いたことがあった。

『おじさん、あの人をいじめちゃだめ!助けてあげて!お願い!!』

小さな少女の涙の懇願に古山が後ずさる。
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