イノセント・ハンド
『わ、分かった分かった。分かったから、もう泣かないでくれ。』

必死でなだめ、部下に責めをやめるように指示する。

『紗夜、本当に聞こえるんだね?』

『うん。』

『そうか。でもね、いくら友達を助けるためでも、人を傷つけたり、怒鳴ったりして脅しちゃいけないんだよ。分かるよね。』

『うん。分かってる。でもね、あの人は怒鳴ったり”できない”んだよ。』

『何っ!?』

確かに、最初から男の態度が何か変だと思っていた富士本であった。

『あの人はね、私が目が見えない様に、声がでないの。可哀相だよね。』

『おいっ!!』

古山が、部下に確認を命じる。

男に口がきけないことを尋ねる部下。

涙しながら、男が何度も何度もうなづく。

『それじゃあ、あいつは、殺人現場に居合わせ、財布を盗んだだけか!クッソー。何てことだ。』

悪態をつく古山に、小さく富士本がつぶやく。

『山さん・・・。こっちは、見えて・・・ないですよね?』

取調室に目をやる二人。

中では、男が見えない紗夜に向かって、手を合わせていた。

『おじさん。あの人、犯人のこと知ってるよ。』

『そうか!!』

慌てて出て行く古山。

殺人犯が、窃盗犯になり、目撃者に変わった瞬間であった。
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