たとえ9回生まれ変わっても
「それじゃあ、アレは何?」
おばあちゃんが部屋の隅を指して言う。
わたしははっとする。
それは、シオのトイレだ。
トイレと猫砂が、シオがいたときのまま、同じ場所に置いてある。
お母さんが片付けようとしたとき、わたしが泣いて止めたのだ。
もう少しここに置いておいて、シオが戻ってくるかもしれないから、って。
それだけじゃない。
シオの餌皿や遊び道具も、まだ置いてある。
1年前のまま。
シオが使っていたものを片付けてしまったら、シオがこの家にいた痕跡を消してしまったら、今度こそ、シオは二度と帰ってこないような気がしたから。
わたしがあまりにも必死に止めるから、気が済むまで置いておくといいわ、とお母さんが折れたのだった。
「1年も前に出て行った猫のものを、まだ置きっぱなしにしているの?」
おばあちゃんが信じられない、と言うように眉をひそめた。
その瞬間、空気がピリッと張りつくのがわかった。
「もしかして、出て行った猫がまた帰ってくるなんて思ってる? そんなわけないでしょう。猫は、死ぬ間際に家を出て行くの。もうとっくに死んでるわ」
呆れたように言い放つ。
ーーもうとっくに死んでるわ。
早口な英語。
わかりたくないのに、わかってしまう。
自分では話すこともできないくせに。
どうして。
わたしはおばあちゃんの顔をじっと見た。
どうして、そんなことを言うんですか。
そう言いたかった。
心の底から。
だけど、そんなときこそ、わたしの口は固く閉じてしまう。
英語の授業で当てられたときみたいに、俯くだけで何も反論できない。